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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)17788号 判決 1989年1月30日

原告 綿貫公

右訴訟代理人弁護士 大場常夫

被告 南西株式会社

右代表者代表取締役 除野健次

被告 江上宏司

右両名訴訟代理人弁護士 藤井正博

同 松本憲男

主文

一  被告南西株式会社は、原告に対し、金七四万二三〇七円及びこれに対する昭和六二年五月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告南西株式会社の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五五四万六四五〇円及びこれに対する昭和六二年五月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告南西株式会社(以下被告南西という。)は、東京都港区六本木三丁目一〇番三号において自動車の駐車場(以下本件駐車場という。)を経営するものであり、被告江上宏司(以下被告江上という。)は、被告南西の従業員として本件駐車場の管理の事務に従事していたものである。

2  原告は、昭和六二年五月一〇日、自己所有の普通乗用自動車(練馬三三と九四五五、以下本件自動車という。)を、一時保管のため、本件自動車の鍵とともに本件駐車場に預け、本件駐車場の従業員は、その保管を約して本件自動車及びその鍵を受け取り、ここに原告と被告南西との間に自動車の寄託契約(以下本件寄託契約という。)が成立した。

3(一)  原告は、同日本件自動車の返還を求めたが、本件自動車は同日何者かにより本件駐車場から盗まれたため、被告らは原告に対しこれを返還することができなかった。

(二) 原告は、本件自動車内に別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という。)を入れておいたが、本件自動車の盗難により本件物件も盗まれたため、原告はその価格合計三六四万七〇〇〇円の損害を被った。

(三) 本件自動車の盗難により、原告は、別紙費用目録記載の各費用の支出を余儀なくされ、合計一八九万九四五〇円の損害を被った。

4(一)  被告南西は受寄者として、被告江上は本件駐車場の管理者として、本件自動車の寄託契約の債務不履行(履行不能)に基づく損害賠償義務を負う。

(二) 然らずとするも、本件盗難事故は、被告江上が本件自動車の鍵を本件自動車に付けたまま放置したか本件自動車を預る際預り証の発行をしなかった等預け主の確認を怠ったことによる過失により発生したものであり、原告に対する不法行為であるから、被告江上は不法行為者として、被告南西は被告江上の使用者として損害賠償責任を負うものである。

5  よって、原告は、被告らに対し、債務不履行による損害賠償請求又は不法行為者及びその使用者に対する損害賠償請求として、前記損害合計五五四万六四五〇円及びこれに対する寄託契約の返還債務につき遅滞に陥った日であり不法行為の日である昭和六二年五月一〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち被告江上が被告南西の従業員であることは否認し、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、(一)は認め、(二)は否認し、(三)は争う。

4  同4及び5は争う。

三  抗弁(被告ら)

1  本件自動車の寄託契約には、本件自動車内の物品の盗難による損害について、免責の約定がある。

即ち、本件駐車場の出入口の係員詰所の外側には、利用者の目につきやすいように、自動車内に貴重品や金品を置かないように、また、その盗難紛失について本件駐車場は責任を負わない旨の掲示(以下本件掲示という。)がされており、原告は、これを承諾して本件駐車場の利用を申し込んだ。

2  本件駐車場は、商法五九四条の客の来集を目的とする場屋であり、本件物件は、いずれも高価品に相当するところ、原告は、本件自動車を預ける際、同法五九五条に従いその種類及び価格を明告しなかったから、仮りに本件物件が本件自動車とともに盗難に遭ったとしても、被告らはこれによる損害賠償義務を負わない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

仮りに本件掲示があったとしても、本件物件は自動車ごと盗難に遭ったのであるから、自動車内の物品の盗難に関する免責条項の適用はない。また、本件駐車場は、利用者が必ずしもその掲示の前を通る構造となっているものではなく、さらに、本件掲示は駐車料金の表示が主であって、免責の注意書きは容易に認識できず、特に夜間にこれを読み取ることは困難であるから、その掲示があるからといって、その免責条項が契約内容となるものではない。

2  抗弁2の事実は争う。

被告南西の本件駐車場の営業は、自動車そのものの保管を業とするものであり、他の業務に付随する業務として自動車の保管をするものではないから、客の来集を目的とする場屋の付随業務につき適用されるべき商法五九四条及び五九五条の適用はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実のうち、被告南西が本件駐車場を経営していることは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》を総合すれば、本件駐車場は被告南西が六本木スクエアー駐車場の名称で経営するものであり、その構造は、自動車の出入りする道路沿いには障壁を一切設けず、他の三方を他の建物及び金網のフェンスで囲まれた空地を利用した露天式のもので、普通乗用自動車が二十数台駐車できる程度のものであること、被告江上は、本件駐車場の管理運営を委託されている者であるが、報酬は月額一〇万円で、その管理運営の内容は、従業員としてアルバイトを雇い、二四時間二、三人の交代勤務で自動車の時間制一時預りをし、入金管理をするものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右の事実からすると、被告江上は、被告南西の従業員であると認めることはできないが、第三者との関係においては被告南西の履行補助者の地位にあるものというべきであるから、被告江上自身が寄託契約上の債務不履行責任を負うものではない。

二1  請求原因2の本件自動車の寄託契約の事実及び同3の(一)の本件自動車の盗難の事実については当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、次の経過を認めることができる。

原告は、昭和六二年五月九日午後九時過ぎころから本件駐車場近くの店で友人と食事をし、その際自分が運転してきた本件自動車(一九八五年型ベンツ)をその店の駐車場に置いていたが、その駐車場の利用時間の終了する同月一〇日午前〇時ころ、本件自動車を、月に一、二回利用している本件駐車場に移動して預けることとした。ところで、本件駐車場は、できるだけ多くの自動車を駐車させるようにするため、客から自動車の鍵を預かり、預かった自動車を従業員が駐車場に整理して駐車させる方式を採っているので、原告は、本件駐車場の入り口近くに自動車を止め、自動車のエンジンキーを差込んだまま本件駐車場の従業員に自動車を引き渡した。本件駐車場では、通常自動車を預かると、タイムレジスターで入場時刻を打ちこみ、それに自動車の登録番号を記入して客に交付するが、最も混雑する夜九時ころから一二時ころまでの間は、その手続を省略し、顔見知りの利用客等には必ずしも預り証の発行交付をしないことが多く、今回も原告に対して本件自動車の預り証は交付されなかった。原告は、それから三〇分ほど後に帰宅しようとして本件駐車場へ行き、本件自動車の返還を求めたところ、本件自動車が駐車場に見当らず、何者かに窃取されたことが判明した。なお、同夜、本件駐車場からは、本件自動車のほか、さらに一台のベンツが盗まれた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はないが、被告江上が本件自動車を預かる手続に関与したこと又は被告江上が本件自動車を原告以外の何者かに引き渡した等同被告により原告に対する不法行為がなされたことを認めるに足る証拠はない。

2  《証拠省略》を総合すれば、原告は本件自動車を本件駐車場に預けた際、そのトランクに、別紙物件目録記載の物件のうち番号一四の腕時計を除く各物件を入れておいたこと、これらの物件が本件自動車の盗難に伴い、いずれも盗まれたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  以上によれば、被告南西の原告に対する債務不履行の事実は認められるが、被告江上につき、原告に対する債務不履行又は不法行為責任を論ずる余地はない。

三  そこで、以下被告南西の抗弁について検討する。

1  《証拠省略》によれば、本件駐車場の出入口左端にある係員詰所の窓ガラスの一枚に、横四十数センチメートル、縦約六十センチメートルの大きさ紙の掲示があり、その上部約三分の一に駐車場名と料金三〇分四〇〇円との記載があり、下部約三分の二は、横に一八行の罫線を引いてさらに中央で左右に分け、「当駐車場は原則として鍵をお預りしております。」、「車内には、貴重品・金品は置かぬ様お願いします。もし盗難・紛失の事故が生じた場合、当方ではその一切の責任を請いかねます」との文言を含めた長文が手書きされていたこと(本件事故後、右の部分は横一〇行程度の記載に書き直された。)を認めることができ、右は、一応被告らの抗弁1主張の免責条項の事実に相当する記載であるということができる。

しかし、本件駐車場は、自動車を一時預り保管することを業とするものであり、このように基本的商行為として自動車の保管を業とする者が自己の保管にかかる自動車を駐車場から窃取されないようにすることは、その者が負う善良なる管理者の注意義務の最たるものであるから、右の免責条項は、本件駐車場内において駐車中の自動車内から金品が窃取され又は紛失した場合について適用されるに止まるものと解すべきものであり、本件駐車場が善管注意義務を怠ったが故に自動車が窃取された場合においてその窃取に伴い生ずる車内の物品の盗難紛失についてまで免責される趣旨と解することはできない。

よって、その余を判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

2(一)  抗弁2について見るに、商法五九四条及び五九五条は、客の来集を目的とする場屋において、商人がその営業の範囲内において客から物の寄託を受けた場合に、その寄託の目的物が高価なものであって毀損され又は盗難に遭う危険等があり、これによる損害賠償の負担が苛酷となる場合のあることを考慮し、寄託に際して客が高価品であることの明告をしない以上、その目的物の滅失又は毀損について、場屋の主人は責任を負わないものとする趣旨であり、右は、基本的商行為として物の寄託を受けることを業とする場合に直接適用されるものではない。しかし、本件のように駐車場における自動車の保管そのものを業とする場合においては、自動車の中に様々な物品が置かれていることが予想され、自動車の滅失又は毀損に伴い車内の物品も滅失又は毀損されて思わぬ大きな損害の発生することも考えられるから、前記の商法の規定の趣旨は、このような場合にも準用されると解すべきであり、自動車内に高価品を置いたまま駐車場に自動車の保管を依頼するときは、これを明告しない以上、原則として自動車の滅失又は毀損に伴う高価品の滅失又は毀損による損害の賠償を受寄者たる駐車場に対し求めることはできないというべきである。

(二)  さて、右によれば、本件物件の多くが高価品であると認められる本件において、原告は、本件自動車の中に本件物件が存在することを明告した事実につき主張立証しないから、原則として、本件自動車の盗難に伴い窃取された本件物件につき、その損害賠償を求めることはできないものというべきである。

けれども、右の商法の規定の準用の趣旨は、本件のように寄託物たる自動車が受寄者の善管注意義務違反により盗難に遭った場合に、明告がないからといって、その寄託物たる自動車の種類形態等からして通常そのような自動車の中に置かれているであろうと考えられる物品の滅失又は毀損による損害、即ち、自動車の盗難に伴い通常生ずべき損害について、右の債務不履行と相当因果関係のある損害として債務者の賠償責任に帰せしめることまで排除する趣旨ではないといわなくてはならない。

(三)  以上によって本件を見るに、本件自動車は外車のベンツであり、現在の我が国においてこのような外車を自家用にし、日常生活に利用している者は、一般に資力があり、その自動車内に、ある程度高価な物品を入れていることが予想されるところ、《証拠省略》によれば、原告は歯科医であり、よくゴルフに行くので、本件自動車のトランクに常時別紙物件目録記載一のゴルフクラブ、三のゴルフシューズ及び四の傘を入れており、また、持ち歩くと失いやすいので、一五のライターと常時車内に入れておいたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右認定による原告の職業、社会的地位、資力及び現に本件自動車を日常的に使用していることからすれば、以上四点の物品は、通常本件自動車の中に置かれているであろうと考えられる物品に当るということができる。したがって、以上の物品の盗難については、本件自動車の盗難に伴い通常生ずべき損害ということができるところ、《証拠省略》によれば、その取得価格の合計は五二万七〇〇〇円であると認められ、これを不相当な額であるとする証拠はない。

これに反し、右四点を除く物品については、《証拠省略》によれば、あるいはたまたま妻の自動車を車検に出したため妻の自動車から移し入れた物であり(別紙物件目録記載二、七、一二)、たまたま当日母の日のプレゼントとして又は自己のために買い求めて入れておいたものであり(同五、六)、あるいは歯科医としての癖で腕や指から外しているものであり(同一三、一六)、あるいは個人的な事情や習慣で置いているものであること(同八ないし一一、一七)が明らかであるから、以上については、本件自動車の盗難に伴い通常生ずべき損害ということができない。

(四)  以上のとおり、被告南西の抗弁2は、別紙物件目録記載一、三、四、一五の四点の盗難による損害賠償請求については理由がないが、その余の物品の盗難による損害賠償請求については理由があることになる。

四  そこで、本件自動車の盗難に伴い原告に生じた費用(請求原因3の(三))について検討する。

1  《証拠省略》によれば、原告は、本件盗難事故の直後に代替自動車として国産の日産ローレルの提供を受け、これを使用していたことが明らかであり、原告が現実に代替自動車の借入費用(別紙費用目録記載一)を負担したことを認めるべき証拠はない。

2  《証拠省略》によれば、本件自動車は、原告が昭和六二年二月に購入した中古車であり、本件事故時の取得税(別紙費用目録記載二)を陸運局の評価額を基準として算出すると一二万三七〇〇円となり、自動車重量税(同三)、自動車損害賠償責任保険料(同四)及び自動車検査・登録費用(同五)を未経過期間につき算出すると、順次、二万五二〇〇円、二万七七七四円及び九七三三円であることが認められところ、この点につき右認定に反する甲第六号証の記載は、取引価格を基準とし、また、新規の売買を想定して未経過期間を考慮していないものであるから採用できず、その他右認定に反する証拠はなく、さらに、《証拠省略》によれば、車庫証明費用(同六)及び納車費用(同七)は、順次、一万七二〇〇円及び一万一七〇〇円であることが明らかである。

五  右のとおりであり、原告の本訴請求は、本件自動車の寄託契約上の債務不履行に基づく被告南西に対する損害賠償請求として、三の2の(三)の五二万七〇〇〇円と四の2の合計二一万五三〇七円との総計七四万二三〇七円の支払い及び寄託物返還の催告により遅滞に陥った日である昭和六二年五月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、同被告に対するその余の請求及び被告江上に対する請求は理由がない。

よって、原告の請求を右の限度で認容し、その余をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

<以下省略>

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